WEKO3
アイテム
コミュニカティブ言語教育の時代における日本語教科書の妥当性
https://doi.org/10.34577/00001264
https://doi.org/10.34577/0000126420c81396-411a-471b-b509-02ec100c004d
名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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Item type | 紀要論文(ELS) / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||
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公開日 | 2008-03-01 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | コミュニカティブ言語教育の時代における日本語教科書の妥当性 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | The Adequacy of Japanese Language Textbooks in an Era of CLT | |||||
言語 | en | |||||
言語 | ||||||
言語 | eng | |||||
資源タイプ | ||||||
資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||
資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||
ID登録 | ||||||
ID登録 | 10.34577/00001264 | |||||
ID登録タイプ | JaLC | |||||
ページ属性 | ||||||
内容記述タイプ | Other | |||||
内容記述 | P(論文) | |||||
著者名(日) |
山口, 登志子
× 山口, 登志子 |
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抄録(日) | ||||||
内容記述タイプ | Other | |||||
内容記述 | 1970年代と比較すると,日本語学習者の数は世界で増加している.東南アジアにおいても,1200の機関において日本語が教授され,コミュニカティブ教授法が主流である.しかし,矛盾点はコミュニケーションが推進されている反面,市販の教科書はことごとく文法中心の構成になっている.本稿では機能と語彙の分野に論議を絞り,文法中心の教科書のどの部分に問題点があるのかを追求する.また,コミュニカティブとして定評のある教科書でもWiddowson (1984)の説くLanguage as Communicationの枠内で構成されていることなども指摘する.最後にグローバル化された現代社会に視点を移し,英語などの「大言語」と対照して,日本語教育がどう生かされていくべきなのかについて簡潔に私見を述べてみたい. | |||||
書誌情報 |
国際基督教大学学報. I-A, 教育研究 en : International Christian University 号 50, p. 89-95, 発行日 2008-03-31 |